宮沢賢治ふうに

inu


朝ハッと目を覚ましたのが出発予定時間の20分前だったのです。やべやべー遅刻だあ!
歯磨きと洗顔を同時に行うほどの慌てっぷり。ケータイのアラームさんはどうしたのかしら?と見つめると電源が入っていない。いや、入らない。充電をしてみても充電ランプが点灯しない。のあー!ただでさえ遅刻しそうな、ん、ですよ!
どうせ遅刻するならドコモショップで修理してから行こう、そう決めたはずでしたのに。
いいえ!急げばまだ間に合います!たとえ遅刻しても、誠意は汲み取ってもらえます!天使に引きずられて泣きながら中央特快に乗った。
先の見通しが聞かない不安。修理代はかかるかな?今日中に直るかな?青いお空が欲しいのはシャボン玉?栗は栗でも女の子が嫌いな栗は?スカートめくり?
今日こそ己に課してやるべきことがたくさんある日はないのに、気もそぞろなので閉店ギリギリの8時にドコモショップへ滑り込んだのです。

「どふしましたか」
「電源が入らなゐのです」
オオタニは活溌に答へます。
はてな、それなら見てやらう」
私は考へます。
なぜ電源が入らなゐのかと云はれても私には分からないやうなので、店員さんの手の動きにこゝろもち楽しみを覚えながらぢつとしづかに見守り待ってゐました。
なめらかな春のはじめの光の工合が実にはつきり出てゐるやうなケータイを店員さんはちらちらとひるがへし黄金のかゞやきの指先でもつて電池パックを入れ直したのです。
電源が入りました。
「さうですね、ごらんなさい、接触が悪かったやうです」

「さよなら、店員さん、さよなら、みなさん、ドコモさん、ほんたうにありがたうございました」
電池パックの取り外し方を教わつたオオタニは流れ星になったのだらうと思ひます。
風はもう南から吹いて居ました。

    • キッズコーナーに折り紙があったので待ち時間を利用し一心不乱に工作するオオタニ。
    • 上の作品名 『イヌ』